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【海外の看護現場から】脱走は突然に…

【海外の看護現場から】脱走は突然に…

脳神経外科病棟では見当識障害を伴った患者さんが多く、予想外の行動や発言に遭遇することがあります。本日は、私が日本とカナダの臨床現場で経験した「escape:脱走」事件をご紹介します。

日本の病院で働いていた時、脳出血で入院してきた60歳代男性Aさんがいました。術後順調に回復しましたが、ジャパン・コーマ・スケール(JCS)3の見当識障害(自分の名前がわからない)が残り、病棟内を徘徊するようになりました。当時は病院玄関まで簡単にアクセスできたため、夜勤帯はナースコールマットを敷いて徘徊を未然に防いでいました。

そんなある夜勤のこと、私たち看護師が病棟内を巡回している間にAさんがいなくなってしまいました。病棟中探しても見つからず、まさかと思い1階の守衛室に電話すると、Aさんに似た容貌の男性が少し前に出て行ったというのです。もし本当に院外に出て事故にでも遭われたらと思うと、私たちは血の気が引く思いでした。

病院中を探索しても見つからず、いよいよ警察へ電話しようとなった時、守衛室から連絡がありAさんが見つかりました。Aさんはケガもなく無事でしたが、なんと病院からタクシーに乗って「脱走」していたのです。

玄関前でタクシーに乗り込み都内の地名を告げ、運転手はAさんがパジャマなのでおかしいなとは思ったようですが、そのまま出発。その後Aさんが詳細な行き先が言えず、お金も持っていなかったため、病院に引き返してきたのです。その後は事後対応に追われましたが、すやすや眠っているAさんの顔を見て本当に無事でよかったと、緊張の糸がほどけて涙が出る思いでした。

一方、カナダのケースは、頭部外傷の60歳代男性Bさんが患者でした。Aさん同様、JCS3で徘徊がみられました。

ある日、Bさんはなぜかとてもイライラしていて、「もうここから出る」と言って、病棟出口に向かって速足で歩き始めました。それを止めようとした看護師が突き飛ばされてしまい、無理に止めずに機会を窺ったほうがいいということになり、その日float nurse(受け持ちを持たない看護師)だった私はPHSを持ってBさんを追いかけました。

Bさんは速足のまま1階に降り、通用口に向かって歩き始めました。声をかけても効果はなく、止めようとすると殴られそうになります。どう止めたらよいか考えあぐねていると警備員室が見えたので、すかさず駆け込み助けを求めました。

すると体格のいい女性警備員がBさんの姿を認め、のっそり立ちふさがると、「Where are you going?(どこに行くのですか?)」と穏やかだが圧力のある声で話しかけました。すると、あれほど頑固で衝動的だったBさんがヘナヘナと膝を崩し、地べたに座り込んでしまったのです。

表情もすっかり弱々しくなり、警備員のエスコートでおとなしく病棟まで連れて行かれました。私はさっぱり訳がわからず、起こった出来事を他の看護師に話しました。すると何人かが「制服姿の権力者に弱い人は多いわね、警察官とか」と言い、なるほどと思いました。制服姿の警備員を見て警察官と勘違いし、服従するしかないと思ったのかもしれません。

日本の病院では年配の警備員を多く見かけますが、カナダでは若くて体格のいい方が多いため、いざという時にとても頼りになります。

また、カナダの病院では患者が行方不明になると「コード・イエロー」を日夜問わず発動でき、一斉捜索が始められます。日本も最近は一部の病院で警察OBが常駐したり、オートロックなどの機器の設置が進んでいますが、すべての病院で患者さんも職員も安心できるセキュリティー対策が図られることを願います。

ブログ執筆者

久々宇 悦子
カナダ看護師、日本看護師・保健師

日本で看護大学卒業後、国内で病棟勤務を経てカナダ渡航。独学でカナダ看護師試験(Canadian RN Exam)に合格、看護師免許取得。就労ビザ取得後、トロント市内の地域基幹病院に入職し、外傷・脳神経外科ICUにて看護師として2年間勤務。帰国後、看護職能団体にて看護労働や学会事業等に従事。