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【海外の看護現場から】訴訟社会アメリカ 看護記録の重要性

 この夏、私が以前住んでいたカリフォルニアを訪れた時に、元同僚や看護師仲間と食事をする機会が何回かありました。そんなときは必ずと言っていいほどナーストークで盛り上がります。「こないだこんなことがあったのよ。」や「こんな患者さんを受け持ってね、大変だったのよ。」「Dr.◯◯がね、こんなことしたのよ、信じられる?」と、大抵はこのようなノリですが、いろいろな話を聞いていて、「こんなこと日本の医療施設でもあり得るのかな?」と思いました。今回はそんなトークの内容、その中で出てきたトピックをシェアさせていただきます。


 “We had a patient go AMA the other day.” とナースJが言いました。このAMAとは、”against medical advice”の略語で、患者さんが病院の治療方針に納得せず、医師の助言に背いて自ら退院することを意味します。もちろん、「帰る」と言い出した患者さんに対し、「はい、そうですか。」とすぐに退院手続きを始めることはありません。まず、ナースがそこで「きちんと治療が終わるまでは退院しないように」と、説得に入り、それでも「帰る」と言い張るときは医師を呼んでもう一度説得します。最終的には、その患者さんに判断能力があると見なされた場合は患者さんの意向が尊重され、”Against Medical Advice”という書類に署名をしてもらって退院、という流れになります。それほど多くあることではありませんが、「稀」という訳でもありません。AMAで退院していく患者さんは、精神疾患を持っている、あるいは精神状態が不安定な方が多いのですが、だからと言って自動的に「判断能力がない」と見なすわけではありません。このナースJの話では、患者さんはアルコール離脱症状の治療で入院していて(他の病気の治療もあったのかもしれませんが)身体的に安定していない中、「帰る」となんども主張し、手続きまで終わろうとした段階で「やっぱり退院しない。」と気が変わることを何度か(何日間かに渡り)繰り返した挙句、最終的にAMAで退院したようです。その数時間後(もしかしたら数分後だったのかもしれません)、病棟に電話があり、「その患者が退院した直後に路上で転倒し、頭を打って血を流しながら救急室に運ばれてきた。CTをとったら脳内出血もしているとのこと。」とリスク・マネジメント部署から言われた、とのことでした。

 いくら患者自身の意思で退院し、ちゃんと危険性を理解したという書類に署名があっても、病院を出たすぐ後にそのような事故があった場合は病院側の責任が問われることもあるのです。この場合はまだそこまでではなかったのだと思いますが、そのような状況を即座に察知し、動き出すのがリスク・マネジメント部署。特にアメリカは訴訟社会ですので、患者さんのためにすべてを尽くしても結果が悪ければ訴訟問題になりかねないという意識が高いです。医師はもちろんのことですが、看護師でも個人的に加入するmalpractice insurance(過失責任保険)を持っていることが多いです。看護師の場合、実際に訴えられることは稀ですが、前代未聞ということもありません。その場合は一般的には病院を相手に訴訟が起こされるのですが、その訴訟の中に個人名も挙げられることがあります。そうなると病院側は病院としての責任を最小限にするために個人(医師、看護師)がいけなかったのだ、と主張することがあるようです。訴えられたら病院が守ってくれる、と安心していてはひどい目に合うことがあります。訴訟を起こされるかもしれないという恐怖に追われながら毎日働いているわけでは決してありませんが、「もし訴えられたら」きちんと自分を守れるように、看護記録を正確に残す、またはポリシーに従う、という意識は高いです。自分は自分で守れ、という感覚ですね。「患者さんのことを一番に考え、医療サービスを提供する」というmain objectiveの影で、このような意識もしっかり持ちながら働いているアメリカの看護師達。日本の現場と比べていかがでしょうか。

ブログ執筆者

橋本実和
(米国・日本看護師、米国看護学士)
IPEC看護英語教育アドバイザー

アメリカ・カリフォルニア州のCommunity Collegeで看護教育を経てAssociate Degree in Nursing(ADN)を取得。NCLEX-RN合格後、バークレー市内の病院のがん・血液科病棟にて病棟ナースとして5年間従事。その間にカリフォルニア州立大学にて看護学士を取得。帰国後、IPEC看護英語専任教師として活躍しながら、日本の看護師免許を取得。現在はインターナショナルスクールのスクールナースとして働きながら、IPEC看護英語教育アドバイザーを務める。

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