IPECが推進する看護英語教育は、「日本の医療現場において基本的な看護業務を英語で運用できる看護師を養成する」ことを目的としています。
近年、医療現場における外国人患者の受け入れや国際化への対応は、ますます重要性を増しています。今回は、看護師として日本・アメリカにおいて臨床を経験後、現在は日本国内の病院で外来業務と外国人受診者の対応業務を兼任されているハーパー佐代子さんに、臨床の現場で本当に求められる「英語」のあり方についてお話を伺いました。
ハーパーさん: 当時、歯学部の学生だった兄から勧められ、医療の仕事に興味を持ちました。その中で、費用面を抑えながら国家資格を取得できる道として看護師を選びました。
ハーパーさん: 横浜市内の高度救命救急センター(ER)に勤務していた際、外国人患者さんをケアする機会があり、「世界の共通語はやはり英語だ」と実感したためです。また、当時、『ER』というアメリカの医療テレビドラマが流行していたため興味を持ちました。
私がグアムで勤務した総合外来は、1日約100名~150名が訪れる規模の病院でした。患者さんは9割が現地の方で、残りの1割が日本人の方でした。現在の日本のインバウンド医療とは逆の環境です。当時はまだ翻訳アプリやスマートデバイスが存在しない時代でしたから、通訳はすべて「人間」が担うしかありませんでした。現地に長くお住まいの日本人であれば診察は比較的スムーズですが、英語が全く話せない旅行者やグアム赴任直後の駐在員のご家族などの場合、文化や習慣の違いとコミュニケーションの問題から通常の倍以上の診療時間がかかることも珍しくありませんでした。そうしたなかで、正確な医療コミュニケーションをとるためには私たち(多言語対応看護師)が直接動くほかありません。ただ日本人看護師は、私を含め16万人が住むグアム島内に3名しかいなかったので、多言語可能な看護師が勤務する時間帯に合わせて予約を取られている日本人の方も多くいらっしゃいました。また、旅行者の方々の受診も多く、通常業務を行いながら言語サポートも行うという状況でした。
ハーパーさん: 「看護師の判断(アセスメント)と独立性の範囲」です。
日本はすべての判断を医師に依存している部分が多く、看護師が独立して行える範囲が狭いと感じます。近年でこそ看護師の特定行為が認められたり、認定看護師・専門看護師が登場し、看護師が独自の判断で処置できる範囲が広がってきましたが、アメリカでは看護師の判断で初期対応を行うことは珍しくありません。
外来受診のプロセスひとつをとっても大きく異なります。アメリカでは、救急搬送を除き、飛び込み受診は待ち時間が非常に長くなるため、まずは看護師が「電話トリアージ」を行います。患者さんからの受診希望の電話が入ると、看護師はカルテに症状を入力しながらプロトコール(判断基準)に照らし合わせます。しかし、すべての症例がプロトコール通りに収まるわけではありません。最終的には看護師自身の臨床的ジャッジで「今すぐ来院してもらうか」、「数時間後に予約を入れるか」、「来院までに市販の解熱剤を飲ませて来院してもらうか」という具体的な指示まで出します。日本のように「一度電話をお預かりし、医師に確認してから折り返す」というステップは少ない傾向にあります。判断の責任を負う分、アメリカでは看護師の裁量権と役割が非常に明確です。
ハーパーさん: グアム在住時に巻き込まれた「無差別殺傷事件」での救護体験です。
看護師経験が長く、その中でどれだけ救急センターでの臨床経験があっても、医療器具がなく、感染管理もできず、多数の負傷者が出ており、さらに犯人がまだ暴れているような「安全が保障されない現場」での救護は、医療施設内の医療とは全くの別物でした。そうした極限状態では、「決して1人で動かず、周囲と協力すること、情報を共有すること」、そして「ときには看護師が現場の指揮官となること」が求められると痛感しました。まずは自身の身の安全を確保したうえで、その状況下でできる最大限の救助を行うことの重要性を、身をもって学びました。
また、パニック状態の現場では、人々が一斉に不安や痛みを叫び出す「カオス」が生まれます。言葉の通じない中での医療トリアージでは、一般的なトリアージでは埋もれてしまう大事な情報が見逃される可能性があります。そのため「言語認識から成る情報のトリアージ」が絶対に不可欠になります。実際、見た目には骨折の軽傷に見えた女性がいたのですが、話を聞き取ると妊娠していることが判明しました。医療知識があれば「見た目の重症度」にとらわれず、「胎児への影響を含め早急な診察が必要だ」と判断し、トリアージの優先順位を引き上げて医師につなぐことができます。
危機的状況下で錯綜する情報の中から今本当に必要なリスクを見抜き、優先度を整理して場を回していく。これこそが、有事において医療者が果たすべき真の役割だと思います。
ハーパーさん: 当該国際部は「インバウンドでビジネスを展開しよう」と始まったわけではありません。地域柄、もともと多くの在留外国人が住んでおり、彼らが受診した際に現場が大混乱していたため、その混乱を整理し受け入れ態勢を整える目的でスタートしました。
担当チームを編成し多職種連携で外国人受診者を受け入れていくには、まずは「多様化する患者の背景に応じた医療体制を整備する必要性」の理解を現場で得ることが重要だと考えました。そこで、不定期に開催されていた外国人受診に対応するチームの委員会を定期開催とし、現状把握とその情報を院内で共有することを徹底しました。外国人患者の受け入れ数、診療科別人数、人種構成や緊急度などをすべて数値化し、病院全体で情報を共有しました。『私たちは地域医療支援病院として、これだけの外国人患者の医療を支えているんだ』と、まずは自分たちの活動に誇りを持ってもらいたかったからです。
その上で、外国人の受診者を「日本の保険を持つ在留外国人」と「突発的な事故や急病でかかるインバウンド外国人」の2つに分けて説明しました。
前者は生活者であり、基本的にはご自身で準備・工夫して受診してもらう存在です。在留外国人の方にはできるだけ自立して受診していただけるよう、外部通訳会社にリアルタイムで繋がる翻訳デバイスを管理職や各部署へ導入し、部署内でもデバイスを活用して対応するというフローを作りました。
一方、後者のインバウンド外国人は予期せぬ事故や急病で困っていて、本当に手厚い支援を必要としている方々です。また、原則、治療後には帰国という流れになる方々です。この方たちに対しては、私たち担当チームが介入し、診察や治療、療養に必要な言語サポートを行い、必要に応じて帰国のコーディネートを行う体制にしています。
ハーパーさん: 病院内の関係部署から委員会メンバーを選出し、月1回のミーティングを行っています。私が勤務する施設は救急が多く、米軍関係者や空港からのインバウンド患者さんも数多く運ばれてきます。ミーティングでは、外国人患者の対応に関して発生する課題に対し、PDCAサイクルを活用し医療の質の向上を目指して活動しています。
さらに、横のつながりとして、県内の同規模病院とも気軽に電話やメールで相談し合えるネットワークを作りました。「そもそも外国人患者をどう定義するか」といった共通の課題について相談し、重要な事項は議事録に残してお互いの共通ルールとして落とし込むなど、病院の垣根を越えてノウハウを共有しています。
ハーパーさん: 常に「中立な立場」でいることを心懸けています。医療従事者の負担になりすぎず、なおかつ、患者サイドに過度な感情移入が起きないようバランスを取っています。特に国外への緊急搬送においては、「何が安全で、何が最も現実的な方法か」を常に冷静に考え、事故を起こさないことを最優先としています。外国人診療を行ううえでは、医療者側と患者側の両社の安全を守る医療安全への働きかけも非常に重要なファクターです。
もう少し踏み込んだ外国人患者の支援では、診察の介助や療養上必要な言語サポートから少し高度な支援の展開が求められます。一般的な言語の通訳だと、言葉の翻訳にとどまり、医師側か患者側のどちらか一方に偏りがちです。
しかし、看護師が言語サポートを行う最大の強みは、『言葉をサポートしながら患者さんをアセスメントし、チーム医療の一員として全体を見渡せる点』」にあります。医師、看護師、通訳、そして患者や家族——そのすべての立場を理解した上で複雑な情報をすくい上げ、臨床的な優先度を整理しながらチーム医療を円滑に回していく。これこそが医療者が通訳を兼ねる最大の強みであり、高度なコーディネート力であり、「日本国内における国際看護師の一つの役割」だと感じています。
ハーパーさん: 国外搬送を無事に完遂し、患者さんを自国へ送り届けることができた時です。インバウンドの重症患者さんの場合、ICUでの集中治療を経て「一刻も早く母国へ戻りたい」と望まれます。しかし、安全に帰国していただくまでには幾重もの厳しい条件をクリアしなければなりません。現地からお迎えのチャーター機と医療チームが到着し、申し送りを終えて離陸する。そして「現地の病院に無事到着した」という連絡を受けて初めてケースクローズ(完了)となります。容態によっては、残念ながら厳しい結末が予想されるケースもあります。しかし、同じ最期を迎えることになったとしても、やはり自国へ送り返してあげたいと思います。
もうひとつ嬉しいことは、現場の看護師たちの変化です。言語や文化の異なる患者さんと向き合う中で、「なんとか伝えたい」「こんな工夫をしてみよう」と看護師たちの主体性が芽生えていきます。手作りの指差しボードを作ったり、「英語が伝わった!」という成功体験から英語を勉強しなおしたりと、現場が新しく輝き始める姿を見ると、この仕事をやらせてもらっていて一番良かったと感じる瞬間です。
ハーパーさん: いいえ、現場の看護師の方たちに、高度な英語力や完璧な通訳能力を求めているわけではありません。当院の委員会メンバーの中にも、「英語が好き」、「興味がある」というスタッフがいますが、全員が英語を流ちょうに話せるわけではありません。
現場で求められる英語力には、場面と緊急度に応じた明確な「段階」があると感じています。病棟に入院されている緊急性の低い患者さんを担当する場合、使う英語は基本的にベッドサイドの日常会話や決まったフレーズです。ここでのやり取りは、中学校で習ったような基礎的な英語で十分対応できます。難しい医療用語もあまり出てきませんし、焦る必要もありません。
一方、救急車で運ばれてくるケースだと、要求される英語のレベルも緊急度も一気に変わります。患者さんがどんな背景や既往歴を持っているか全く分からない状況で、情報収集を行い、瞬時に状態を把握し、素早く対応しなければならないからです。
このように、「日常病棟での英語」と「救急・緊急時の英語」では、それぞれの場面で求められることが全く違うことを理解しておくことが大切だと思います。
現場のリアルな場面を切り取ったとき、一番の困りごとは、やはり「言葉が通じないこと」です。それは患者さんだけでなく、対応する医療スタッフにとっても同じです。だからこそ、受付や会計といった場面、そして病棟のベッドサイドや検査といったそれぞれの場面でよく使われる簡単な単語やフレーズは、スタッフ誰もが話せるようになるのが理想です。
私たちは英語の先生のような英語のプロを目指すわけではありません。また、完璧なネイティブの英語を目指すわけでもありません。大事なことは、基本的な英語力は備えつつ、「分からない時は聞き直す」、「それでもわからない時は翻訳デバイスを活用する、院内の通訳に介入してもらう」といった臨床の基本ルールのもと、医療の安全を保ちつつ場面ごとの基本的な英語力を習得していくことが大切だと思います。
また、重要なことは、「高い英語力や調整力を持つ特別な看護師」を一人つくることではありません。それよりも、「日常会話や簡単な看護英語を話せる看護師」を一人でも多く増やすことです。通常の日常英語を話せる看護師や医療従事者が病院やクリニック全体にたくさんいるほうが、患者さんにとっても圧倒的に安心感につながります。
ハーパーさん: 言語的なコミュニケーションにおいて世界の共通語ともいえる英語の理解はもちろん必要ですが、それ以上に重要となるのは、文化的背景の異なる相手に対する共感力や傾聴の姿勢です。「外国人も日本人も同じ人間である」という視点がすべての基本であり、英語力はその上にある「プラスα(アルファ)」だと思います。つまり、「看護英語には心がのる」ということです。
近年、AIや自動翻訳技術の進歩によって、言語そのものの壁は確実に低くなっていますが、言葉には「思い」がプラスされて相手に伝わるものです。患者さんは、言語、国籍、文化、習慣の違いを持ちながら、私たち医療従事者の目の前にやってきます。だからこそ、患者にとって近い存在である看護師が、異文化コミュニケーション技術の一つとして看護英語(心がのる英語)を身につけておくことが求められていると実感しています。
世間的に「医師なら少し英語が話せるだろう」というイメージがあるように、これからは「看護師なら少し英語で意思疎通ができるだとう」という時代がやってくると思っています。これが今の日本におけるニーズです。これから看護師を目指す学生さんにお伝えしたいのは、「看護師になった以上、英語からはもう逃げられないぞ」ということです。(笑)
ですが、決して難しく捉える必要はありません。英語を身につけるということは、多様な特性を持つ患者さんに対応するための心強いツール(道具)を持つことと同じです。そしてそのツールは、患者さんと医療者を隔てる「壁」を壊すための確かな手段なのです。
ぜひ、人に寄り添える素晴らしい看護師を目指して、多様化する時代に対応できる「英語」というツールを獲得し、「心をのせた英語」を提供できる看護師になってください。応援しています。
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日本で看護師として病棟や救急センターに勤務後、渡米して米国カリフォルニア州のGrossmont Collegeに入学。NCLEX-RN合格後はグアム島の総合病院ICUやクリニック外来にて看護師として5年間勤務。帰国後は都内の医療機関勤務などを経て、現在は地域医療病院の外来にて看護師業務を担当しながら、外国人受診者の対応に従事している。武蔵野大学大学院人間学専攻修士課程修了 人間学修士。看護学学士。