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【海外の看護現場から】大切なのは言葉だけじゃない

【海外の看護現場から】

私は日本で看護師として働いた後に渡英し、昨年までイギリスの国営病院(National Health Service以降NHS)で働いていました。これはイギリスで働き始めて半年くらいたった頃のお話です。

脳神経内科・外科の病棟にも慣れ、できることは増えたけれどもそれに見合う英語力のなさに、私はひどく落ち込んでいました。同僚に「英語をもっと勉強しろ」と言われたり、患者さんにも「ちゃんと英語を話せるスタッフに代わって」と言われたことがあったのです。毎日、辞めたいと思っていました。

ある日、テリー(仮名)という30代のイギリス人女性を受け持ちました。脊椎に腫瘍が見つかり(イギリスでは神経に影響がある場合は背骨も脳神経外科になります)、数日前に手術を終えていました。話すうちに、私たちはお互いがご近所さんだということを知り、すぐに打ち解けました。「あのレストランは美味しい」「あのブティックの品ぞろえが大好き」など、地元の話に花が咲きました。

その翌日もテリーの担当になりました。その日は尿道カテーテルを抜く予定でした。テリーの腫瘍は排尿をコントロールする腰椎部分の神経を圧迫していたので、まずは一度抜いて様子を見るという手順をとります。これをTrial Without Catheter(以降TWOC,トゥウォックと発音) といいます。

尿意を感じたらナースコールをするように言ってカテーテルを抜きました。2時間たってもコールがないので様子を見に行くと「何も感じない」と言います。確認させてもらうと、ベッドが濡れていました。「何も感じなかったわ。濡れているのもわからなかった…。」とショックを隠せないようでした。トイレに誘導しますが、排尿はありません。残尿確認のスキャンでは膀胱が空ではないので、TWOC失敗です。カテーテルを再挿入しなければなりませんでした。

一時的である可能性も説明しましたが、「このまま一生こうなのかしら。」とテリーは泣きだしてしまいました。私はその場に立ちつくしました。『神経の修復には時間がかかる』『排尿に関するリハビリも発達してきている』などの日本語が頭の中に浮かびますが、英語が出て来ません。雑談はできても、このような場面で何も言ってあげられないなんて、自分が全くの役立たずに思えました。そして、気づくと涙が頬をつたっていました。辛いのは患者さんなのだからここで泣いては看護師失格だ、と自分に言い聞かせても止めることができませんでした。そうして二人で暫く泣いていました。

「あなたまで泣かせちゃったわね。ごめんなさい。」と言われ、私は我に返りました。なんとか英語を捻り出し、これはテリーのせいではなく自分の英語に自信がなく、こんな時に何と言えばいいのかわからないのだと説明しました。すると「あなたには自分の国での経験に裏打ちされた確かな技術があるのが分かるわ。この2日間私がどんなに安心だったかわかる?私達患者が一番欲しいものは楽しいおしゃべりではないのよ。どうか自信をもって、私達を助けて頂戴。」と、ぎゅっと私の手を握ってくれたのです。今思えば、彼女に申し訳なく、情けないエピソードですが、私はその時に心がスーっと軽くなったのを感じました。

その後、テリーはカテーテルを入れたまま退院しましたが、数か月後に病棟を訪ねてくれた時には徐々に感覚が戻ってきていると笑顔で報告してくれました。

外国で働く以上現地の言葉の習得が重要なのは言うまでもありません。それなしに、患者さんの安全は守れません。でも、あの頃の私は正しく英語を話すことばかりにとらわれすぎて、大切なことを忘れかけていたのだと思います。自分の自信のなさばかりに目がいって、患者さんのことがよく見えなくなっていました。その後、何度も英語や文化の違いなどの壁にぶつかってきましたが、そのたびにテリーの事を思い出し、たとえ英語が完璧でなくても真摯な態度と確かな技術で信頼は得られると信じてやってきました。結局、私は辞めずに、14年間NHSで働きました。テリーには今もずっと感謝しています。

ブログ執筆者

吉濱 いほり
英国・日本看護師、英国看護学士

日本で看護短期大学を卒業後、病棟勤務を経て渡英。Supervised Practice Program(現在のOversea Nurses’Program)を履修し、英国看護師としてNursing and Midwifery Councilに登録。脳神経外科・内科病棟に勤務しながら、City, University of Londonにて看護学士(BSc Hons)を取得。National Health Serviceの病院で14年間勤務後、 2019年に帰国。